2009年12月27日

'04 8/8 TBS「報道特集」独占入手! 新たな拉致被害(続編)

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*2004年8月8日に放送された「報道特集」の一部を文字化テキストにしました。2004年8月1日放送分の続編です。よろしかったらご覧になってください。聞き取りに間違いがある可能性もあります。どうぞご了承ください。写真は2004年8月に行われた集会後に撮影したものです。

【司会者・田丸美寿々さん】(スタジオにて)
 「さて先週もお伝えしまして大変大きな反響を呼びました北朝鮮から流出した一枚の写真。その人物が28年前に失踪しました大学生の藤田進さんにほぼ間違いないということが分かりまして、明日(8月9日)にも専門家による正式な鑑定書が出る見込みです。ところでその藤田さんの写真を持っていた同じ脱北者が別の写真を持っていることも分かりました。彼が言うには『ここに写っている3人の女性は日本人』だということなんですが、どういうことなんでしょうか?」

*特定失踪者 藤田進さん 昭和51(1976)年2月7日失踪
調査会公開リストより

http://www.listserver.sakura.ne.jp/cgi-bin/list/list3.cgi?word3=79&mode=search3
*'04 8/1 TBS「報道特集」独占入手! 新たな拉致被害
http://akemama13.seesaa.net/article/61490045.html

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【特定失踪者 藤田進さんの最新記事】
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2009年12月23日

横田さんご夫妻と今井裕さんのお母さん

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 2006年8月12日に青森県で開催された「北朝鮮に拉致された日本人を救うための青森県民集会」(救う会青森)に、いつも折り鶴や写真を送ってくれるTさんと青森のNさんが特定失踪者 今井裕さんのお母さんのハツヨさんと一緒に参加されました。皆さんは以前、心のこもった折り鶴をお贈りした縁で交流があり、時折声をかけたりして励ましているそうです。

 今井裕さんは昭和44(1969)年3月2日に青森県弘前市内から失踪されています。失踪当時、卒業目前の高校3年生だったそうです。「息子を待っていたらこの歳になりました」と話していたお母さん。めぐみさんたちと共に一日も早く裕さんと再会してほしいと願うばかりです。

*特定失踪者 今井裕さん 昭和44(1969)年3月2日失踪
調査会公開リストより

http://www.listserver.sakura.ne.jp/cgi-bin/list/list3.cgi?word3=35&mode=search3
*カテゴリ「特定失踪者 今井裕さん」
http://akemama13.seesaa.net/category/7423102-1.html

 その日に撮影した写真をTさんが送ってくれました。本当にいつもありがとうございます。いただいたメールの一部と一緒にご紹介致します。

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2009年12月22日

'05 6/30 テレビ朝日「スーパーモーニング」遺灰ダイヤモンド物語

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*2005年6月30日に放送された「スーパーモーニング」の特集を文字化テキストにしました。(一部省略あり)よろしかったらご覧になってください。聞き取りに間違いのある可能性もあります。どうぞご了承ください。この番組の情報は特定失踪者 生島孝子さんのお姉さんの馨子さんより放送前の2005年6月26日にいただきました。また上の写真は馨子さんが後に出版された本で我が家に送ってくださったものです。本当にありがとうございました。

亡き母の娘への思い “遺灰ダイヤモンド物語”

【ナレーター】
 その日、長女は亡き母の遺灰をある業者に託した。くしくもその日は母の100歳の誕生日にあたる。母は32年間、闇に吸い込まれたかのように消えた娘の行方を捜し続けていた。

【特定失踪者 生島孝子さんの妹・敦子さん(61)】VTR
 「急いで帰って来たらいないんですね。」

【特定失踪者 生島孝子さんの姉・馨子さん(65)】
 「異常な感じがしましたよね、やっぱり。」

【ナレーター】
 その失踪の闇に突如見えたもの―。

【特定失踪者問題調査会代表・荒木和博さん】VTR
 「(拉致の)可能性として極めて高いと・・。」

【ナレーター】
 娘の帰りを待ち続けた母。

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2009年12月19日

'07 10/8 NHKスペシャル “北朝鮮帰国船”〜知られざる半世紀の記録〜

*2007年10月8日放送「NHKスペシャル」の特集を文字化テキストにしました。(約55分間)長めですが、よろしかったらご覧になってください。

1959年から84年まで続いた帰国事業。9万3千人余りの在日朝鮮人らが北朝鮮へと帰国した。関係者の証言と膨大な秘密文書をもとに知られざる半世紀の軌跡をたどる―。

【ナレーター】
 およそ50年前、9歳の時、家族と共に北朝鮮に向った一人の少年がいます。まだ見ぬ祖国に夢を託し日本海を渡りました。1959年に始まった帰国事業。9万3千人余りの在日朝鮮人とその家族が祖国建設の夢を抱き北朝鮮を目指しました。北に渡った人々がどのような運命をたどったのか?これまで素顔を明かして語られることはほとんどありませんでした。苦難の半生を過ごした少年が日本に戻り、その体験を初めて明らかにしました。

【脱北帰国者】VTR
 「多くの帰国者が収容所に連れて行かれ姿を消しました。その家族は山奥に追放されました。そこでは人間以下の暮らしを強いられたのです。」

【ナレーター】
 祖国の発展を信じ帰国者を北朝鮮に送り出した人がいます。教え子を帰国させてしまったことを悩み続けてきた朝鮮総連の元幹部。堅く閉ざした重い口を初めて開きました。

【元朝鮮大学副学長】VTR
 「帰国した学生に対して、本当にこれは消すことのできない罪を犯したなと・・。そういう思いで・・、悩み続けました。」

【ナレーター】
 帰国船が北朝鮮の工作活動にも使われたとする秘密文書。NHKが世界各国から入手した1万5千ページに及ぶ帰国事業に関する資料です。「日本にいる北朝鮮の工作員は帰国船を使って本国と連絡した」と記されています。軍事転用が可能な物資を帰国船で日本から北朝鮮に運ばれたとしています。

 日本と北朝鮮を往来し続けた船、北朝鮮帰国船。これまでその実態は厚いベールに包まれてきました。明らかになった資料と関係者の証言をもとに、その知られざる軌跡をたどります。

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2009年11月12日

脱北者が明かす 金儲けに励む北朝鮮人民(サンデー毎日 '09年2月1日号より)

*2009年1月末発売のサンデー毎日の記事(P124〜125)をテキスト化しました。よろしかったらご覧になってください。この記事の情報は北朝鮮帰国者の生命と人権を守る会代表の三浦小太郎さんからです。いつもありがとうございます。

【サンデー毎日 平成21年(2009年)2月1日号より】

脱北者が明かす 金儲けに励む北朝鮮人民
 「飲み屋は客を“警察”に絞ってツケをとりたてる」


 金正日総書記の「病状」を巡りさまざまな憶測が飛び交う中、09年を迎えた北朝鮮。今も国を離れる人が後を絶たない。5万円で自由を得た脱北者らが最近、重い口を開き、近くて遠い隣国の実情を明かした。そこに日本との関係を改善する手がかりはあるのだろうか。

 「絶対に後ろを振り向くな。他の兵士に『止まれ』とか『撃つぞ』と言われても、そのまま行け」北朝鮮軍の国境警備隊中隊長にそう告げられ、男性は中朝国境の川べりから一歩を踏み出した。川幅は約80b、おそらく15分くらいの時間だが、ものすごく長く感じたという。06年夏の深夜のことだった。

 この男性は戦後、北日本で生まれた在日朝鮮人。1959年に始まった帰国事業で北朝鮮に渡った。年をとり故郷への恋しさが募ったころ、先に脱北した親せきからカネを渡された中国人が案内人として目の前に現れたのだ。

 「中隊長なら300bの範囲を警備する。部下の兵士を『飯食ってこい』と追い出し、自ら浅瀬のある所まで案内してくれる。小隊長なら範囲が100bと狭く(失敗も生じるように)なる代わりに安い」そう聞かされた男性は、日本の親族から仕送りされた5万円を中隊長に渡すよう依頼し、国境の川近くにある案内人の拠点に向かった。

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posted by あおいのママ at 08:04| 千葉 雨 | TrackBack(0) | 脱北者の証言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月08日

'04 8/7 TBS「サタデーずばっと」拉致疑惑 特定失踪者 高野清文さん

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*2004年8月7日に放送された「サタデーずばっと」の特集を文字化テキストにしました。その中から特定失踪者 高野清文さんに関する部分を抜粋してご紹介致します。(後日、全文掲載します)よろしかったらご覧になってください。聞き取りに間違いの可能性もあります。どうぞご了承ください。この放送についての情報は清文さんの妹さんの美幸さんから事前にいただきました。

(中略)

【ナレーター】
 そしてここにも藤田進さんに似た写真によって希望を与えられた失踪者家族がいた。

【特定失踪者 高野清文さんの妹・美幸さん】
 「これから新しい発展があればいいなという期待をすごい持ちました。」

【ナレーター】
 藤田さんとその失踪者が川口以外のまた別の共通点があった。

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posted by あおいのママ at 10:24| 千葉 霧 | TrackBack(0) | 特定失踪者 高野清文さん | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月27日

置き去りの同胞を忘れるな(月刊正論 '09年2月号より)

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*2009年1月発売の月刊「正論」のグラビア記事(P27〜33)の一部をテキスト化しました。この記事の協力は特定失踪者問題調査会となっています。よろしかったらご覧になってみてください。

*特定失踪者問題調査会
http://www.chosa-kai.jp/
*カテゴリ「特定失踪者問題調査会」
http://akemama13.seesaa.net/category/3969601-1.html

【月刊「正論」 平成21年(2009年)2月号より】

韓国から北朝鮮の拉致被害者に向け、メッセージを積みバルーンを飛ばす

34人の「愁歎」を放置するな!

 私たち特定失踪者問題調査会はこれまで、拉致の可能性が高いと推定されても、情報源を公開できない、検証が不可能な案件については「北朝鮮による拉致の可能性が高い失踪案件」(通称1000番台リスト)として発表することを控えてきた。

 しかしこの10月と11月、合計34人の案件を新たに発表した。ここに並ぶのはその全員の顔写真だ。これまでに1000番台リストとして発表した36人と合わせ70人、しかし、状況証拠から拉致の可能性を疑わせるものは他にも存在する。

 誰もが家族や親類にとって、なくてはならない存在であり、私たちの掛け替えのない同胞なのだ。

 「何故私たち皆が自分たち共同社会の出来事として、この人々の不在をもっと強く意識し続けることができなかったのかとの思いを消すことができません」。五人の拉致被害者が帰国した後の皇后陛下のお言葉を私達はもう一度かみしめるべきではないだろうか。

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posted by あおいのママ at 15:53| 千葉 晴れ | TrackBack(0) | 特定失踪者問題調査会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月22日

'06 10/15 瀬谷区拉致問題を考える会講演会 大澤茂樹さん(特定失踪者 大澤孝司さんの兄)

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*あおいのママとパパ(夫)は2006年10月15日に神奈川県横浜市で行われた「瀬谷区拉致問題を考える会講演会」に参加しました。この日は救う会神奈川と共催ということで、また特定失踪者 大澤孝司さんの兄・茂樹さんが瀬谷区拉致問題を考える会の顧問をされていることもあり私たちも手伝いにうかがいました。当日は拉致被害者 横田めぐみさんのご両親、県内の特定失踪者ご家族(大澤さん、寺島さん、高野さん)、元外務大臣の川口順子さん等がお話され、また会場は立ち見も出るほどの1,100人も集まり大盛会となりました。登壇された皆さんの講演要旨をレポートにしてご紹介しております。今回は大澤さんです。聞き取りに間違いやカン違いの可能性もございます。どうぞご了承ください。

【特定失踪者 大澤孝司さんの兄・茂樹さん】
 ただ今ご紹介にありました北朝鮮に拉致された疑いが濃厚な特定失踪者 大澤孝司の兄で大澤茂樹と申します。私はまだ北朝鮮問題に関しては無知で、本日このような先生方とパネルディスカッションできるような詳しい事情を知りませんので、私の弟が拉致されたと思われる内容について、それを中心にお話をさせていただきます。

 私ども兄弟は3人兄弟で一番上の兄は新潟市の方で家業を継いでおり、私は昭和40年から瀬谷区に在住、当地で大変にお世話になっております。その関係上、私の弟はまだ特定失踪者の身でありながら、さかい学先生と横浜相原病院長であります吉田勝明先生のご配慮で私にまでこのように訴える時間を割いていただきまして本当にありがとうございます。両先生には厚く感謝を申し上げます。

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posted by あおいのママ at 15:01| 千葉 晴れ | TrackBack(0) | 特定失踪者 大澤孝司さん | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月21日

'07 12/15 証言と提言の集会 安明哲さん(元強制収容所警備兵)

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*あおいのママは2007年12月15日、東京・永田町の星稜会館で行われた証言と提言の集会(北朝鮮帰国者の生命と人権を守る会主催)に参加しました。当日、会場には関心のある100人以上の方がお集まりになっていたと思います。その集会で登壇された元強制収容所警備兵の安明哲さん(「北朝鮮絶望収容所」著者・ワニ文庫)の証言を要旨レポートにしました。よろしかったらご覧になってください。聞き取りに間違いやカン違いの可能性もございます。どうぞご了承ください。(*主催者より掲載許可をいただいております)

*安明哲(アン・ミョンチョル)さんが描いた絵です。(2006年12月12日撮影)
↓ ↓ ↓
*安明哲氏の強制収容所スケッチ
http://akemama13.seesaa.net/article/74070002.html

【元強制収容所警備兵・安明哲さん】(通訳:宋允復さん・守る会事務局長)
 こんにちは。安明哲です。こうして収容所についてお話する機会をいただきまして大変ありがとうございます。

 私は'87年に北朝鮮の高校を卒業しまして、専門学校に行った後に、父親が党の幹部をしていたものですから、その父親の推薦によって'87年の5月に政治犯収容所の警備兵として仕事をすることになりました。当時、私は事前にそうした政治犯収容所なるものがあるということをまったく知りませんで、ただ国が党が教えているように「北朝鮮は世界で一番幸せな生活をしている国」だとばかり思っていました。

 私は当初、咸鏡北道鏡城郡にある11号収容所に入隊しまして、最初の3か月は新兵教育をそこで受けました。それから本式に配置されましたのが同じく咸鏡北道穏城郡にある13号の収容所であります。その13号の収容所では3年間勤務したんですけれども、その間にアムネスティ・インターナショナルが北朝鮮の政治犯収容所の存在を暴露する報告を出したので北朝鮮は大変動揺し、'90年代の初頭に情報漏えいの大きい国境に隣接した収容所の統廃合という作業をしました。その作業に私は動員されまして、まず13号の収容所から次に会寧(フェリョン)の22号収容所、それから一時期平壌郊外にある26号、これは“勝湖里収容所”という名前で知られていますけれども、その26号収容所で半年勤務して、またさらに22号の収容所に戻って、そこで'94年に北朝鮮を脱出するまで引き続き勤めておりました。

 私がその間勤務した収容所は、すべて先程話のあった申東赫(シン・ドンヒョク)さんの生まれ育ったような完全統制区域でありまして、基本的に一度入ったら二度と生きて出て来ることはない、死んでも出て来られない、そういう地域です。

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2009年10月20日

深層レポート 「行方不明者」たちの消える理由(1)特定失踪者 後藤美香さん(女性セブン '08年9月11日号より)

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*2008年8月末発売の女性セブンの記事(P47〜50)の一部をテキスト化しました。記事には特定失踪者 後藤美香さんと宮本直樹さんのことが掲載されていました。今回は後藤美香さんの部分を抜粋してご紹介致します。よろしかったらご覧になってください。(上の写真は2007年8月に豊洲駅前で見かけて撮影したものです)この週刊誌の情報は特定失踪者 宮本直樹さんの兄・剛志さんからいただきました。本当にありがとうございます。ご家族と一日も早い再会を願うばかりです。

【女性セブン 平成20年(2008年)9月11日号より】

深層レポート 「行方不明者」たちの消える理由

全国で1日当たり280人。ある日、突然いなくなる妻、夫、子供・・・。警察OBによって立ち上げられたサイト「ポリスチャンネル」は、アクセス数が多いことで知られる。そこにはごく普通の、笑ったりはにかんだりした人々の写真が「この人を捜してください」として延々とアップされている。「とにかく生きていてくれさえしたら」― ある日、突然家族を失った人々は、口を揃える。

(一部抜粋)

 警察庁が'07年に受理した「家出人捜査願」の数は、8万8489人。ここ10年は8万人以上で推移している。同庁によれば、捜索願が出されていない家出人も含めると、年間で推定10万人にも達するという。1日当たりにすると約280人だ。

 警察庁は個別事例を分類、統計値を出しているが、それによると、'07年は成人が全体の77.2%を占め、そのうち男性が62.8%。また、失踪の「理由」は、家庭関係のトラブルが最も多く、全体の約20%、次いで疾病関係15%、事業・職業が12%、異性関係が4%、となっている。

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posted by あおいのママ at 06:32| 千葉 | TrackBack(0) | 特定失踪者 後藤美香さん | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする