2008年02月24日

'05 3/13 TBS「報道特集」北朝鮮に拉致された・・ 老い行く失踪者家族たち(特定失踪者 大澤孝司さん)

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*写真は2004年7月4日、東京・有楽町であおいのママが撮影しました。増元さんの選挙応援に新潟から駆けつけた大澤昭一さん(長兄)と茂樹さん(次兄)です。

*2005年3月13日にTBSで放送された「報道特集」を文字化しました。特定失踪者 大澤孝司さんは1974年(昭和49年)2月24日に新潟県の佐渡島で不可解な失踪をしています。同じ佐渡で拉致され2002年に帰国した曽我ひとみさんが拉致される4年前のことで、地元では当時から拉致の疑いの声もあったようです。大澤孝司さんの失踪はもう34年前の今日の出来事です。一日も早いご家族の皆さんとの再会を祈っております。

特定失踪者 大澤孝司さんのご家族

子供を北朝鮮に拉致されたと訴えながらも、行方がわからないまま時が過ぎていく。80歳、90歳。親は老いてゆくばかり。家族のまわりで起きていることとは―。

【ナレーター】
 雪に覆われた田畑、そして山々。ここ新潟県巻町にも特定失踪者の家族が住んでいます。

【大澤孝司さんの次兄・茂樹さん】
 「私も親父が元気なうちにね、せめて弟との再会を果たしてやりたくてですね・・・。」

【ナレーター】
 生島うらさんの葬儀にも駆けつけた大澤茂樹さん。特定失踪者 大澤孝司さんの兄です。この日は自宅がある横浜から父親が住んでいる実家へと向っていました。

【ナレーター】
 新潟県の職員として佐渡の農地事務所に働いていた大澤孝司さん。1974年2月、夕食をとった焼肉店を出た後、姿を消してしまいました。曽我ひとみさんが拉致される4年前、同じ佐渡で起こった失踪事件。現金や通帳などは寮に残されたままで、失踪する理由も見あたりませんでした。

 巻町ではもう1人の兄、昭一さん(69)が待っていました。地元の霊山、弥彦山をバックにこんな看板を立てた人物です。

 「今年こそ 拉致問題の全面解決と 日本人全員の早期救出を」

【大澤孝司さんの長兄・昭一さん】
 「この看板を一刻も早く取れればいいなぁと思っています。」

【ナレーター】
 看板から少し離れたところにある孝司さんの自宅。その入口の脇に新聞を読んでいるお年寄りがいました。毎日ここに座りながら息子の帰りを待っているのです。福一郎さんは現在95歳。足は多少弱っていますが元気だといいます。

【大澤孝司さんの父・福一郎さん】
 「孝司の父親でございます。いつもお世話になりましてありがとうございます。」(深々と頭を下げる)

【ナレーター】
 私たちは孝司さんがいなくなった当時のことを聞きました。

【大澤孝司さんの父・福一郎さん】
 「何が(失踪の)原因なのか、私と家内と話してもわからんかったし・・・。」

【取材者】
 「北朝鮮の拉致とかそういったことは?」

【大澤孝司さんの父・福一郎さん】
 「全然なかったです。ただ“神隠し”ね。これ以上捜さんと出ねえと・・・。まぁ、『神隠しになってわからん状態になるかもしんねえ』と警察署長の話を聞きましたね。」

【ナレーター】
 失踪直前には縁談も考えられていたという孝司さん。福一郎さんは息子のために巻町に宅地を買いました。今でもそのことが頭から離れません。

【取材者】
 「孝司さんに会いたいですか?」

【大澤孝司さんの父・福一郎さん】
 「・・・うん、やっぱしこの写真(部屋に飾られている)ばっか見てても情はわきませんし。いっぺん顔を見たいという気持ちがありますね。(孝司さんのために買った)宅地を見る時、感慨無量になりますね。」

【大澤孝司さんの長兄・昭一さん】
 「孝司ー!町長さんがのうー、お前が丈夫に帰って来るように、役所の屋上に横断幕を張ってくれたよー!」

 北朝鮮による拉致疑惑の「大澤孝司さん」の究明・救出にご支援を

【ナレーター】
 2002年の12月、地元巻町役所に掲げられた横断幕。昭一さんはこう叫びました。

【大澤孝司さんの長兄・昭一さん】
 「もうちょっと頑張って、親父の生きているうちに、日本中の人たちが待っててくれるから、早く帰ってくれやー!」

【ナレーター】
 同級生が「大澤孝司さんと再会を果たす会」を立ち上げ、署名活動を行うなど地元では支援の輪が広がりましたが、拉致問題自体はなかなか進展しません。孝司さんの父親福一郎さんはこう訴えます。

【大澤孝司さんの父・福一郎さん】
 「孝司が帰って来るまでは、それは生きていれればね・・・。まぁ、この拉致問題がどうなるんだかねぇ。(涙ながらに)会いたい、会いたいですねぇ、一刻も早く。顔を見てえの、自分の願いですね・・・。この問題はお前さんたちのご尽力にお願いして、誠に申し訳ありません。」(頭を深々と下げる)

【ナレーター】
 インタビューの後、福一郎さんはまた元の部屋に戻って新聞を読み始めました。頭に刺激を与えるため、できるだけ通りに面した部屋にいるのだといいます。時間との闘いが家族に重くのしかかっています。

*特定失踪者 大澤孝司さん 昭和49(1974)年2月24日失踪
 調査会公開リストより

http://chosa-kai.jp/cgi-bin/address/list3.cgi?word3=69&mode=search3
*大澤孝司さんと再会を果たす会
http://www.ric.hi-ho.ne.jp/takashi-o/
posted by あおいのママ at 23:34| 千葉 晴れ | TrackBack(0) | 特定失踪者 大澤孝司さん | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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