
*あおいのママとパパは2005年4月10日神奈川県藤沢市で行われた市民集会にボランティア参加しました。(救う会神奈川主催)当日は第二会場を急遽設けるほどの400人以上の方々が参加の大盛会に終わりました。集会で訴えをされた特定失踪者 大澤孝司さんの兄・茂樹さんの要旨レポートです。聞き取りに間違いやカン違いの可能性もございます。どうぞご了承ください。
【特定失踪者 大澤孝司さんの兄・茂樹さん】
私は特定失踪者 大澤孝司の兄・大澤茂樹と申します。私の話をする前に、今年2月25日、特定失踪者問題調査会の方から今回18名の拉致の疑いのある方が公開されました。その中の1人で神奈川県横浜市戸塚区の出身でいらっしゃいます、寺島佐津子さんのご両親が会場にお見えになっていらっしゃいます。(ご両親が客席を立つ・拍手)
寺島佐津子さんは昭和54年8月10日、隣町の鎌倉の花火大会に勤務先の銀行の親睦会で行き、午後10時に現地を解散し、同僚と一緒に鎌倉駅まで行きました。そこから戸塚駅に行き、バスに乗車して降りた停留所から自宅までの道で行方がわからなくなっております。警察で大掛かりな捜索をしていただき、また警察犬の捜査でもバス停を降りたことは確実なのですが、それ以降は不明となっております。調査会も「限りなく拉致の疑いがある」ということで、近々1000番台リストに公表されるのではないかと思っております。私も今後一緒に活動していきたいと思っております。今後ともどうかよろしくお願い致します。(大拍手)

*特定失踪者 寺島佐津子さん 昭和54(1979)年8月10日失踪
調査会公開リストより
http://www.listserver.sakura.ne.jp/cgi-bin/list/list3.cgi?word3=228&mode=search3
改めて自己紹介させていただきます。私は特定失踪者 大澤孝司の兄で、大澤茂樹と申します。前回1月15日の第9回藤沢集会に参加、訴えさせていただきましたが、今回も救う会神奈川の皆さまのご好意によりまして貴重な時間をいただきました。前回と重複することも多々あるかと思いますが、再度訴えさせていただきます。前回お見えにならなかった方も多いと思いますので、弟が失踪した時の状況からお話させていただき、弟の拉致問題を知っていただきたいと思います。
私どもは3人兄弟で、一番上の兄は新潟県巻町で家業を継いでおります。私は次男でして、横浜市瀬谷区に在住しております。拉致されたのが濃厚なのは一番下の弟の孝司(たかし)でございます。弟は昭和49年2月24日(1974年)に新潟県佐渡島で曽我ひとみさん・ミヨシさん母子が拉致された真野町の拉致現場から距離にして7〜8キロしか離れていない天然記念物のトキの保護センターのある新穂村という所で北朝鮮に拉致された疑いが濃厚となっております。曽我さん母子が拉致される約3年半前の事件でございます。
事件当時、弟は27歳の独り者で、新潟県庁の出先機関であります佐渡の農地事務所に勤務する新潟県庁の職員でありました。当日は今日と同じ日曜日で、午前中は寄宿舎の仲間と卓球をして遊び、午後から隣町の金井町に1人で遊びに行き、その帰り、寮に帰ってもその日ちょうど(寮の)食堂が休みということで、行きつけの飲食店に夕飯を食べに行き、若干アルコールも飲んだようでございますが、そこを午後7時半頃出る時に店のおかみさんに「ああ、飲んだし食ったし、これから寮に帰って寝るか」という挨拶を交わしました。
そこの店を出て帰宅途中、弟は趣味で鉄砲を撃っており、その猟銃期間が2月15日に切れたということで許可証の返却のためその地区の猟銃会の会長さん宅に立ち寄り、そこのおかみさんに手渡し帰ろうとしたところ、そこのお宅も飲食店を営んでおり、弟の後を追ってきた2〜3人の男のグループか定かではございませんが店に入ろうとして、弟が店を出ると同時に入るのをやめて後をつけたようで、その後まもなくして車が急発進するタイヤの軋む音をおかみさんともう1人近所のおかみさんが聞いたのが最後でその後の足どりはつかめておりません。翌日、その車が急発進したと思われる周辺にハングル文字のマッチが1つ落ちていたということでございます。
その会長宅から寄宿舎までの距離は200メートル足らずで、その間に海があるわけじゃなく、川に流されるような大きな川があるわけじゃなく、周りは田んぼと畑が多い非常にのどかな所で、夜8時頃に突然大の男がそこから消えるということは不自然であり、事件当時、佐渡の両津警察からも大掛かりな捜索をしていただきました。また農地事務所と私どもの方でお願いした捜索隊も加わり佐渡中くまなく捜索致しましたが、弟を見つけ出すことも失踪する理由さえもつかむことはできませんでした。
私ども家族はこれだけ捜索しても見つからないということはもう神隠しに遭ったものと諦めもしておりましたが、その後の調査で曽我さんたちと同じような手口で北朝鮮に拉致されている疑いが濃厚とのことで新潟県警の方で再調査をし、また特定失踪者問題調査会の荒木先生の方からも調査していただいたところ、弟・孝司は北朝鮮に拉致された以外に佐渡島から失踪する理由は何一つないということで、調査会の認定を得て1000番台リストにも加えていただくことになりました。
また新潟県警の方も捜査の途中経過として、一昨年(2003年)10月16日の新潟県警定例記者会見の場におきまして、私の弟と山梨県甲府市で「図書館に行く」と言って自宅を出たまま行方が分からなくなり、4日後に同じく新潟県柏崎の荒浜海岸でセカンドバッグが見つかった山本美保さんの二人が「拉致の疑いが濃厚」との新潟県警の異例中の異例の見解をいただくことができ、私どもは新潟の救う会や荒木先生方々と内閣府の拉致支援室に5回も6回もうかがい拉致認定を求めましたが、日本政府からは未だに拉致認定をしていただいておりません。
昨年(2004年)1月29日、拉致された疑いが濃厚な1000番台リストの16名全員が法律家の会の先生方のご協力によりまして各都道府県の県警本部に一斉に被疑者不詳のまま「国外輸送誘拐容疑」で告発状を出しました。それと同時に、日弁連の方に人権救済を求める手続きをしていただき、先月3月29日にその結論が出て日弁連の方から内閣府・外務省・警察庁の関係各課に対し人権救済の申し立てをしていただきまして、ここにきてやっと一歩も二歩も前進することができましたが、これで拉致問題が解決するとは思っていません。
今、日本政府の拉致問題の取り組み状況は、昨年の暮れに北朝鮮が突然核保有宣言と横田めぐみさんの遺骨と称するお骨の「DNA鑑定は日本政府が捏造したもの」とコメントを発表以来、硬直化し足踏み状態となっておりますが、時の流れは止まっておりません。
特定失踪者の家族は年々高齢化し、荒木先生が一昨年の1月10日に特定失踪者問題調査会を設立してから2年3ヶ月が経過しますが、この間にも特定失踪者の親御さんが、私の知っている範囲で4名の方々が亡くなっております。先ほど申しました山梨県の山本美保さんのお父さん、そして山口県宇部市で「お母さんのタバコを買ってきて」と頼まれて買いに行ったまま行方がわからない国広富子さんのお母さん。北海道稚内で高校の同級生の家に遊びに行き、その帰りそのまま失踪した斉藤裕さんのお母さん。

*特定失踪者 山本美保さん 昭和59(1984)年6月4日失踪
http://www.listserver.sakura.ne.jp/cgi-bin/list/list3.cgi?word3=122&mode=search3
*特定失踪者 国広富子さん 昭和51(1976)年8月2日失踪
http://www.listserver.sakura.ne.jp/cgi-bin/list/list3.cgi?word3=81&mode=search3

*特定失踪者 斉藤裕さん 昭和43(1968)年12月1日失踪
http://www.listserver.sakura.ne.jp/cgi-bin/list/list3.cgi?word3=34&mode=search3
そして今年(2005年)の2月、今から33年前、東京渋谷区で夕方「洗濯物を出しに行く」と言ってクリーニング店に出した後そのまま失踪した生島孝子さんのお母さんが99歳で亡くなられました。私はとても他人事とは思えず、東京とは近いため告別式に参列してまいりましたが、生島孝子さんは信用できる脱北者の目撃証言もあり、今ちょっと待っていただければ再会できたのにと思うと非常に残念であり、お母さんは孝子さんと「絶対に会える」という確信をしており無念の死であったと思います。

*特定失踪者 生島孝子さん 昭和47(1972)年11月1日失踪
http://www.listserver.sakura.ne.jp/cgi-bin/list/list3.cgi?word3=55&mode=search3
このようにして特定失踪者のご家族は年々高齢化しております。私どもの父親も例外ではなく今95歳でございます。もう先がございません。時間がありません。私はせめて父親が元気なうちに弟と再会を果たしてやりたく、未熟ではございますが私にできる範囲で署名活動等皆さまに訴えております。
それにしましても、小泉首相は北朝鮮に対して何回騙され何回侮辱され何回馬鹿にされれば気が済むのでしょうか?このように拉致されている日本国民を奪還できないような外交ではそのうち世界中の笑い者になると思います。そうなる前に今拉致されている日本人1人残らず奪還していただきたく、それにはもう対話だけでの交渉では埒があかないと思います。
一刻も早く小泉さんから経済制裁の発動をしていただき金正日体制を崩壊しなければ、私は完全な拉致問題の解決にはならないと思います。どうか皆さん、今の日本政府にさらにバックアップをして勇気付けていただくために、さらなる皆さま方のご支援とご協力をお願いし、甚だお粗末ではございますが私の訴えとさせていただきます。今後ともよろしくお願い致します。(大拍手)

*特定失踪者 大澤孝司さん 昭和49(1974)年2月24日失踪
http://www.listserver.sakura.ne.jp/cgi-bin/list/list3.cgi?word3=69&mode=search3
*大澤孝司さんと再会を果たす会
http://www.ric.hi-ho.ne.jp/takashi-o/
*'05 3/13 TBS「報道特集」北朝鮮に拉致された・・ 老い行く失踪者家族たち
(特定失踪者 大澤孝司さん)
http://akemama13.seesaa.net/article/86909522.html
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